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ザもしくはジ

沖縄の話とかメンヘラの話とか全然関係ない話とか

大阪から友達がやって来たDAY3

最終日。本当はみかんを狩りに行きたかったんだけれどやっていなくて仕方無くの1日。

狩りたかったなぁ、走るみかんを矢でブシュッみたいな。

しかたがないので沖縄にもアメ村あるよって言ったらそれは行かなければという事になりアメリカンヴィレッジに出発。大阪と違って全部英語なのがオキナワンなのか。本当にそうなのか。

「何があるん?」「観覧車」「村に?」「せやで」

観覧車のある村アメリカンヴィレッジ通称アメ村って呼ぶのは大阪人だけだろうね。

とりあえずお腹が空いたのでエンダーでお食事。

「エンダァァァァァァ♪」って歌っていたら「そういうのええから」って言われてジョニーはご機嫌ななめ。

友達は嫌いなのに「やっぱ沖縄やから」と言いルートビアを注文。満喫する気だな沖縄をっと察し帰りにエンダーの鐘を100回くらいならしてありがとうのサイン。

その後アメ村を散策するんだけれど、若者の街すぎてほぼ素通り。滞在時間10分 「やっぱりアメリカはちゃうな」「せやろ」大阪のアメ村にも近寄らないのに沖縄のアメ村に何を期待していたんだろう。「観覧車載る?」「いや乗らへん」「男同士でもええで」「ますますいやや」キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!

「ほな行こか」「まだお店沢山あんで」「もうええわ判ったから」

そんなこんなで壺屋へと向かう事となった。

「やちむん通り」那覇の陶芸屋さんが立ち並んでいるという伝説の場所。いや別に伝説でもなんでもないんだけれどね。

この間だから陶芸に取り憑かれている友達は、もう陶芸家の様な口ぶりで「これはあかんな」とか「上手ないな」とか言っていて、一昨日初めて造ったばっかりじゃないかと思いながら陶芸品にまったく興味のない僕等は同じ様な店をハシゴする。

どのお店も同じ様な感じに見えたのは僕の視力が悪いからなんだと言い聞かせシーサーの頭を撫でる。

結局全店行って「あの店戻ろか」と言うので、友達はちゃんと見比べていたんだなぁと関心。選んだ品物を見て「何がちゃうん?」と尋ねたら「色とこのくびれがたまらん」という結局くびれかいっと思いながら壺屋を後にする。

フライト時間まで中途半端に時間が余ったのでどうしようと考えた結果、まだ沖縄ぜんざいを食べていないという事が判明し沖縄ぜんざいと言えばの不二家さんへ。もちろんペコちゃんはいなくてカビも混入していない不二家さんだよ。

僕は当然の様にぜんざいが食べられないのでマンゴーかき氷に。彼女と友達は沖縄ぜんざいを注文。メニュー表をちらっと見てみるとステーキが安かったのでそっちにすれば良かったとちょっと後悔。かき氷<<ステーキ。そう僕はいつだってお腹が空いていなくたってステーキが食べたいのだ。

沖縄ぜんざいとは知らない人の為に書いておくとかき氷だよ。僕のマンゴーかき氷に白玉が入っていたのがとても残念で白玉をどけながら食べた。ぱくぱくもぐも。寒い。冬に食べるもんじゃないなと思いながらもこれが観光だよねって無理矢理じぶんを宥めながら自分の優しさに酔いしれた。

そしてこの旅行を振り返る。

飛行機がカッコよかった事、ナビ子ちゃんとは最後まで相思相愛になれなかった事、友達の白髪が増えていた事、友達がキャバクラいってはしゃいでた事、あれっあんまり旅行と関係ないなぁ。でも楽しかったって記憶があれば十分だと思う。

そろそろフライトの時間が近付いてきたので幻のレンタカー屋さんパラレンへ。広い駐車場の中から探すのは至難の技でナビ子ちゃんに聞いても目的地周辺ですの一点張りで役に立たない。

そこで駐車場に居てたナビ男君に聞いてやっとの思いで辿り着く。

パラダイスなチェックを受け車を返し受け付けのお姉さんにウィンクして避けられ気まずくその場を立ち去る。

空港までは折角なのでゆいレールに乗りましょうねって事になり小禄駅へ向かう。「どない?」「モノレールやな」至極当然の事を言う友達にタクシーでもよかったなと思いながら友達を名残り惜しむ「ハグしてええ?」「きもっ」気持ちはいつだって伝わらない。

空港で友達はパパッと御土産を買いパパッとチェックインをすませ「ほな」と言いながら僕等の方を振り返る事も無くゲートの向こうに消えていった。時間ギリギリだったからね。ほんの少しの寂しさを残し友達は大阪に帰った。帰っての第一声は「寒っ」だったらしい。

大阪から友達がやって来たDAY2

2日目ホテルまで友達を迎えに行く。

友達のホテルは松山のど真ん中にしてあげたので、誘惑が一杯だっただろうねと思いながら、じゃあ行きますかと車に乗り体験王国むら咲むらへと向かう事にする。

が途中で今回の旅でステーキを食べる機会がない事に気が付く。という事で途中で北谷の金松へ。

けだるい店内の雰囲気に友達はずっと苦笑いしていて僕はケラケラ笑う。「500gステーキやって」「朝飯食ったっちゅーねん」「いけるって」「せやろか」いけない事はみんなわかっていた。

アンニュイなお姉さんがステーキを運んで来てくれていざ実食。お腹の減っていない友達はおいしいともまずいとも言わずに肉と格闘していた。その様子をみて僕は大層喜んだ。

そしてむら咲むらへ向かうんだけどナビ子ちゃ〜んが僕の思っていない道から行かすのでその通りにしたがって機嫌を損なわないように気をつけた。がしかし到着した時の言葉は「エコな運転を心がけましょう」だった この女ぁぁぁぁ。

知ってる人は知ってると思うけどむら咲むらとは110位の体験ができる場所で友達のリクエストの「やちむん体験」と「そば打ち体験」が両方ともできるとの事でここにした。

琉球王朝を再現したというセットはたまにRCの建物が混じりながらも木造でちゃんと建てていてすごいなぁと言いながら初めの目的「やちむん体験」へ。

MAPに載っている場所へ行くと誰もいなくて本当にやっているのかなぁと思っていると、奥からぬらりとおっちゃんが現れ「体験ね?」と聞いてくるので「はい」と答えると「じゃここに座って」と友達はロクロの前に座らせられロクロをクルクル回し出す。

おっちゃんの説明は早く不足気味で本当にできるのかなと思っていたら以外とできた。

見ているとちょっと触れたら土の塊はぐにゃぐにゃと僕の人生の様にくねくねしだし それをみていると人生を振り替えらずにはいられなくなって涙がこぼれた。

僕が感傷に浸っている間だにコップは完成していて友達は興奮していた。

そしてそこを後にして「そば打ち体験」へと向かう。「そば打ち」1,000本ノックの様なものを想像していた僕はエプロン付けて粉まみれになって手でコネコネするとは思ってなかったので拍子抜けだった。が、しかしここのおばぁはスパルタですぐにめんどくさそうにダメだしをしてくるので鬼監督と心の中で呟いた。

最終段階になり麺を細く切るんだけど「これくらいでね」と指示された太さがきしめんの様に太く、それは違うだろうと思った僕はマイペースに細く切っていって鬼監督に睨まれた。

あとは茹でてスープの中に入れて完成。一人2,600円の高級沖縄そばの完成。彼女の麺はおばぁの監視の下作ったのできしめんの様な太さの沖縄そばで彼女は違うと呟きまくってた。

ここでの目的は達成できたので友達の今回の旅行のメインである「中城高原ホテル跡」へ向かう事になった。

途中まで造られたのに開業することのなかったホテル跡地でいわゆる廃墟ってやつ。

駐車場に車を止め山の方を見るともう見える巨大建造物。3人が口を揃えて「遠いな」世界遺産中城城跡には目もくれず一直線にホテル跡へ。

そこはダンジョンの様な建物で階層が入り組んでいて自分の位置がどこかを把握するのが難しい程で、思いの他でかくて息が切れてくる。

どんどん攻略していったんだけど時間との戦いもあり駐車場が閉まる前に帰る。

そしてまだ明るかったので友達がナビを見ながら海中道路って海中に道路走ってるんって聞いてくるので「そりゃもちろん海中に透明のパイプ通っててその中走るに決まってる」となにが決まっているのかわからないまま向かう事にした。

到着して「ここからやで」「パイプは?」「未来かっ」「なんやねん」と当然ポコポコしばかれながら伊計島を目指す。なんにもないけど。

途中にある海の駅という道の駅のライバルに立ち寄り飲み物を買う。そして座って飲んでいると80’sソングが流れていて場末感が半端ないなぁと思いながら海の駅を後にする。

「この先なにがあるん?」「えっコンビナート」「でっ?」「ホテル」「でっ?」「えっ?」行く必要の無い島、めんそーれ伊計。

その後お腹も空いていないのに晩ご飯行こうって事になり「おもろ殿内」へ。

あまりにお腹が減っていなくてこれはいけないと思い豚のスタミナ焼を食べて元気を出そうと思ったら逆効果で満腹中枢破壊。友達は料理にはほとんど手を付けずひたすら泡盛を飲み続けていた。

そして11時くらいに友達がソワソワし始めたので、今日は松山の夜を楽しみたいんだなと思い早めに切り上げる事にした。

代行を呼び来たのが「助さん角さん」と言う代行だったので運転していた人に「どっちが助さん?」って聞いたのに無視されショック。

ほなまた明日と言い僕等は家路へ友達は松山の夜へと消えて行った2日目の夜だった

最終日につづく

大阪から友達がやって来たDAY1

1月2日僕達は那覇空港に居た。

それは何故か?大阪から友達がやってくるからお迎えに行ったのだ。その友達と僕が会うのは5年振りで、いや〜お互い大人になりましたなぁ的な会話をするべく僕は社会情勢を調べる為2ちゃんねるを見ながら待っていた。

飛行機は無事飛びそして定刻より少し早く無事に沖縄に着き友達からSMSが「着いたで」と入る。「知ってんで」と送り待っていると「やあやあ」とやってきた。

「ほないこか」と二言目に言い出すのでやっぱり大阪人はせっかちだなぁと思いながらタクシー乗り場へ向かったんだけど歩くのが速い。沖縄にすっかり馴染んでる僕等は着いていくのが大変で、でもここは沖縄なので僕が主導権を握らなければと思いこっちですよ的に物知り顔でタクシー乗り場へ案内する。するとそこに止まっているタクシーは運転手が乗っていないタクシーばっかりで、これは客が運転する画期的なタクシーかと思ったけどそれはもうすでにレンタカーじゃないかと思いその場所はタクシー乗り場じゃない事に気が付く。すると遠くの方にタクシー乗り場って書いてある場所があってそれを友達が発見する。「あっちやって」「えっ」「いこか」「うん」結局アウェーの友達に先導されながらタクシー乗り場へと向かう。そして小禄のイオンの5階にあるという嘘の様な本当の話的な幻のレンタカー屋パラダイスレンタカーへと向かった。5階って駐車場じゃなかと思いながらエレベーターで5階に着くとすまなさそうに端っこにちょこんとレンタカー屋が存在した。書類の記入が終わり車のチェックへ。「細かい傷はどうでもいいんで」とパラダイスなチェックで車を借り2泊3日の旅は始まった

友達はこれで3回目の沖縄で美ら海水族館もおきなわワールドも名護パイナップルパークも一緒に行った事があってしかも冬の沖縄でどこに行こうかと考えた結果一番初めに向かった先は「中本鮮魚てんぷら店」そう友達はまだ沖縄天ぷらを食べた事が無かったので沖縄で一番美味しいとの食べログ情報に踊らされた僕が選んだそのお店に向かう事になった。

ナビにお店の名前を入力するとでてきました中本鮮魚てんぷら店。さすが有名店と思いながら出発すると、この優秀なナビ子ちゃ〜んが真面目すぎるのか優秀すぎるのかは不明だけどすごく口うるさいの。すぐに「速度超過を感知しました」「急ハンドルを感知しました」とか注意してくるの。こう書くと僕がすごく運転マナーが悪いみたいに思われそうなんだけどそんなことあるからね。

車内で5年間の出来事を話して盛り上がったりもせずまるで先週会ったかの様な盛り上がり方をする。これが友達だよねと僕は思いながらケラケラ笑う。そして目的地に到着した時ナビ子ちゃ〜んが今回の運転の総括をしてくれありがたいお言葉をくれる「もっとエコな運転を心がけましょう」「はい・・・」

気を取り直してお店を見てみると行列ができていてびっくり。さすが有名店だなぁと思い列に並ぶ。各自好きなものを買い車へと戻り食べる「どない?」と聞くと「結構お腹にたまるなぁ」と言うので、4個買って360円で満腹になれるってコスパすごいなぁと話していたら僕の頼んだ天ぷらが「いか」「ウインナー」「かにかま」「ぐるくん」だったので、あまりに子供っぽすぎると言われて「やさい」や「アーサー」がそんなに大人なのかと、じゃあ僕は永遠に子供でいいと泣きじゃくりながら次の目的地へ向かおうと発進すると速攻で「速度超過を感知しました」だって。

次の目的は初詣。ネットで検索した結果今度はるるぶに踊らされ首里観音堂というお寺を目指す事にした。

首里」「由緒ある」これらの言葉に僕は友達の思う沖縄らしい初詣が出来ると予感し決めたんだけど、着いてみてびっくり超小さいの。「うわぁ」「これ?」「ごめん」

あっという間にお参りも終わり楽しみのおみくじタイムでおみくじの定価は100円だと思っていて残りの小銭は全部お賽銭に投げちゃったんだけどまさかの200円でこれまたびっくり。僕以外の2人は大吉で僕だけ小吉でまたまたびっくりで涙目。

日も暮れて来たのでちょっと早いけど飲みに行こうかとなり沖縄と言えば泡盛でしょという事で那覇で一番種類があるとグーグル先生が教えてくれたお店へ。

すると友達が開口一番「ビール」

えええええええええ泡盛じゃないのおおおおおおお。一生懸命調べたのにいいい。

「はじめはビールやん」

その言葉通り次からは泡盛を飲み続け彼女も泡盛を飲み続け僕はカルピスサワーを飲み続け天ぷらで一杯になったお腹に無理矢理沖縄料理を突っ込み続けながら夜は更けていった

次の日へ続く

香りについて

思い出の香りってあるよね。あれはどういう仕組みで記憶されてるかなんて事はどうでもよくて、唯々素敵な事だと思うんだ。

ある日の午後、君は食事を済ませ突然降り出した雨に、あわてて洗濯物を取り込んでいる時に、どこからか届いた香りで「ふわっ」とあの場所に連れて行かれるんだ。

15歳のやけに雨が多かった夏。学校の帰りに1つだけしかないコカ・コーラの自販機でファンタを買った後、突然後ろから「お前の事好きなんだけど」って言われてびっくりして振り返ったら同じクラスのあいつで、どうしようもなくドキドキして「うん」っとしか言えなかったあの日。突然の雨に2人でなんとなくぎくしゃくしながら雨宿りして、とぎれとぎれの会話で、あたしのどこが好きなのって聞きたくてしかたなかったのに結局言えなくて、ファンタ飲んでたら「一口くれない」って言われて、えっそれってなんかって妙に意識して、そしたらあいつも急に照れたりなんかして、でも「はいっ」ってファンタ渡したら、「あっありがとう」なんて言いながら全部飲んじゃって、「あっごめん」っなんて言いながら、2人で笑って。雨やんでも結局その場から動かなくて、なんか一瞬が一生に思えたあの日。

まさか、クラスのあいつが「きみ」になって「あなた」になるとは思わなかったな。そんな事考えてたら昨日の夜の喧嘩がどうでもよく思えてきて、今日は帰ってきたらまずは「ごめん」って言って、そしてこの思い出の話をしようなんて考えてたら、いつのまにか雨は上がっていて、虹がみえて、ああ綺麗だなぁなんて思ってたら洗濯物は雨でずぶ濡れで、でもなんか笑えてきて、不思議だなぁ、なんて考えてたら子供が帰ってきて、この子もそんな体験するんだろうなと思ってたら何か嬉しくなってきたある日の午後。

どう?そんな昔の素敵な場所に届けてくれるんだよ。香りって素敵だと思わない?

6分間の旅

僕にとってのコンビニとは、時として、冷蔵庫であり、レストランであり、ケーキ屋であり、本屋であり、おかし屋であり、トイレであったりする。

1日何度も家とコンビニを往復する事が僕の唯一の外出で、3分間往復6分間の旅になり、その6分間に出会う人々が僕が社会と関わる全てであり、ほんの少しの刺激をもらう。

家に帰る。彼女はテレビを観ていて、僕はイヤホンをして仕事をする。何分間あるいは何時間かしてテレビを消した彼女が隣に来て何か喋ってよって言う。

コンビニの旅しかしていない僕は返答に困る。

そこで架空の話をしたり嘘をついたりしてからかいゲラゲラ笑う。それが僕の生活で ISISがテロを行おうとも、集団的自衛権の法案が衆議院を通過しようとも、僕は今日3回目のコンビニに旅をして何事もなかった様に、また架空の話をして嘘をついてゲラゲラ笑う。

昔の歌に「そんな事より今日の雨。問題は傘がない」ってあったけど、まさにその通りで、遠い国の争いや重大な法案より今日のコンビニに行った時お気に入りのクリームプリンが無かった事が最大の問題で、妥協のプリンを買って帰りの3分間の旅にでる。

そこでは戦争は起こってなくて僕の旅は終わる。

僕はほんの少しだけ平和を祈る。このまま無事にコンビニに通える、ほんの些細な日常が続くように。

 

できればコンビニの店員さんには僕に対して「いらっしゃいませ」ではなく「お帰りなさい」って言ってほしい。そして「行ってらっしゃい」っと見送って欲しい。

VS呉服屋その弐

ある日呉服屋さんから電話が掛かってきて京都でお食事会と着物の展覧会があるので食事しに来ませんかとお誘いがあって、これはこの間だ高い着物を買ったからそのお礼替わりだなと思い二つ返事でいいですよと答えた。彼女も美味しい食事食べられると喜んでいた。

 

当日待ち合わせの京都の駅に着くとあの店員さんがいつものニコニコ笑顔で迎えてくれた。「じゃあ行きましょか」と言われ僕達はタクシーで会場に向かった。

車中では色々な褒め言葉が並び僕等は素直に喜んでいた。食事もできていい気分になって高い着物買うとこんな事があるんだなと思っていたら会場に着いた。そこは風格のある建物で高いなと一瞬でわかった。

さあさあこちらこちらと言われるがまま着いていくと食事する場所に着きどうぞどうぞと次から次へと料理がでてきてキャッキャと喜んでいた。

食事が終わると展覧会を見に行きましょうという事になり、いいものを見ると目が肥えるって言うしなと思いついていった。そこは広い場所で無数の着物が置いてあり僕等は少ない知識をフル活動させこの小紋はいいですねぇとかこの染めはいいですねぇとか覚えたての言葉を舐められない様に使っていると店員さんが「お目が高いわぁ」とか「見る目ありますわぁ」とか褒め言葉を重ねてくるので僕達は沢山の褒め言葉と美味しい食事とで大満足でさあ帰りましょうと思っていたら「どれが一番気に入りはった?」と聞いてきたので彼女が反物を持ってきた。それは紫外線に当たると柄が浮き出てきて日陰と日向で柄が違うというちょっと変わった反物で僕もそれは面白いなぁと見ていたらお兄さんが寄ってきて「ええもん見つけはりましたなぁ」と言ってきたのでウンウンと頷いていたらいつの間にか彼女はあれよあれよという間にクルクルと着物をあてられ姿見に映っていた。鏡越しに彼女を見ているとお兄さんが「よう似合てはるやないですかぁ」と言ってきたので「そうですねぇ」と適当に答えていたら何やら書き出した。「ん?」と思っているとまさかの見積書で僕はこれは夢かと疑うほど驚いた ちょっと待てと。今日は食事するだけじゃないのかと。着物は見物するだけって言ってたじゃないかと。小一時間問い詰めたいと思っていたら、ニコニコの店員さんも彼女に褒め言葉を重ね続け彼女は複雑そうな笑顔で受け答えしていた。気が付くと僕と彼女はニコニコの店員さんとお兄さんと姿見のトライアングルフォーメーションをとられていて僕達はいつのまにか逃げられなくなっていた。そして丁寧に「はいどうぞ」と見積書を渡されしかたなくチラッと見てみるとそこには小学生が遊びで書いた様な金額が書かれていて僕の手は震えた。

「嘘でしょ」「ほんまですわ」「高すぎちゃいます?」「ここの着物は高くてねぇ」笑顔のない会話が続いている横で彼女は僕のボキャブラリを超える程の褒め言葉を重ねられていた。僕は彼女をとりあえずそのクルクルをとりなさいと言い、畳の上に座らせ「ちょっとこれ見てみ」「えぇぇぇ」とさすがの彼女もびっくりして目がクルクルして「やろ」「うん」と珍しく二人の意見が一致したので「今回は遠慮しときますわ」と言うとニコニコ店員さんのニコニコは消え、初めから笑ってなかったお兄さんはメガネをクイッと上げ「まあゆっくり考えてくれてええから」と言われ僕等はゆっくり考えても一緒なのになぁと思いながら時間だけが過ぎた。その間だもずっとニコニコの消えた店員さんの説得は続き、お兄さんの脅迫ギリギリのトークは続き、気が付くと小一時間問い詰められたのは僕等の方だったという事になっていてわけわかんないやと思いながら彼女をふと見るとお兄さんの膝を摩りながら「勉強してーやー」と交渉し始めていて「えっ」「えっ」と僕は二度見した。本気かと。正気かと。彼女に念を送っているとお兄さんが近づいてきて「彼女が彼氏にお金はまかせてるから彼氏に聞いて下さいって言うてはってなぁ」と本日もう何回目かわからないびっくりをして僕は半泣きで「なんぼになりました?」と聞くとさっきの小学生が遊びで書いたみたいな金額が小学生に大金って聞いたら幾らだと思うって聞いたら答えそうな金額まで下がっていて、でも僕にとってはみかんとポンカン位の差しかなく問題外だったんだけれど、まさかの彼女の裏切りで敵側にまわっていたので笑ってないのは僕だけという窮地に追い込まれてもう逃げられないなと思うけど「お金ないんで」と最終フレーズを小声で震えながら伝えると「ローン組めまっせ」と言う返しがありジ・エンド「じゃあ最長で」と告げる

お兄さんは「呉服屋なめたらあかんで」と言い、店員さんはニコニコが戻り彼女はウフッとウインクをしてきた

「じゃあ1週間後位になりますわ」とニコニコに言われそれ知ってるぅ!と心の中で叫び、大人の世界の怖さを一つ学び、僕は階段を一段上った。

VS呉服屋

バーブー」と彼女がイクラちゃんの真似をしだした。

彼女がイクラちゃんの真似をするときは何か欲しいときで「何か欲しいん?」と聞いたら「ハーイー」と言ってきたのでなにが欲しいか聞いてみるとどうやら浴衣が欲しいらしい。

季節は夏で天神祭が近づいていた。どうやらその時に浴衣を着たいと言うので浴衣くらいならと思い「じゃあ買いにいこか」「ハーイー」ということで近所にある天満橋京阪モールにテクテクと向かった。

3階の隅っこにすまなそうに呉服屋さんがあったのでそこに行き浴衣を見ていると店員さんがニコニコしながら近寄ってきて「浴衣ですか?」と聞いてきた。

「天神さんやから」と答えると「そうですなぁ」とニコニコ笑顔を崩さずに感じのいい接客をしてきたので、ここで買おうと思い探したのだけれど、彼女も僕も気に入るものが無かったので残念だけど違う店に行こうかと思ったけど、初めての呉服屋さんだったので見物がてら着物とはどんな物かなとフンフンと物知り顔で決して広くはない店内を見てまわっていた。

さっきの店員さんは絶妙なポジショニングで僕達に付いてきて「着物好きなんですか?」と聞いてきたので「そうですねぇ」と嘘をついた。すると店員さんはニコニコしたままグルグルに円柱状に巻かれた布をいくつか持ってきた。

あれはなにかと彼女に訪ねたら反物だと答えた。そう彼女は僕よりかは着物を知っている。

店員さんは「これなんか彼女さんによう似合う思いますわ」と言ってきてクルクルクルと反物を広げだした。それは黒い生地に蝶々の柄が入った着物で「かっこええなぁ」と彼女に言うとキラキラお目々で「せやなぁ」と答えてきた。その時付き合って5年位だったんだけれど彼女のその目で言う「せやなぁ」はかなり気に入っている事くらいはわかった。

店員さんは彼女のそんな様子を見逃さず饒舌になった「これは大島紬でなんちゃらかんちゃら」「12マルキでうんたらかんたら」「泥染めでなんやかんや」と知らない言葉が次々へと僕達を襲ってきたので、それはそれはと頷いていると「ちょっとあててみましょか」と言うので、ん?あてるってなんだと思いながら「そうやねぇ」と答えると店員さんは反物を器用に彼女に巻き付け、さも本当に着物を着ているかの様にし、姿見に彼女を映した。彼女はウットリしていてご満悦な顔をしていた。

「よう似おてはるわ」と店員さんはニコニコ笑顔を2倍にしながら彼女に話しかけていた。彼女は「そうですかぁ」と嬉しそうに答えていた。次の反物もその次の反物もクルクルクルと広げてもらったのだけど、やっぱり初めのが一番いいなと僕と彼女が話していると、店員さんが「やっぱり見る目がありますわぁ」と何がやっぱりなのかさっぱりわからなかったけど「そうですか」と答えていたらいつのまにか帯やら何やら沢山持ってきて「その着物にはこれが似合うんちゃいますかぁ」といつの間にか僕等の周りには着物一式セットが用意されていて「そうですねぇ」「これがええんちゃう」とか素人目でよくわからないままフィーリングで選んでいたら、その度に「センスがええですわぁ」「ご職業は何してはるんですかぁ」と話してきて「いやーデザインを」と僕が答えると「やっぱりそんなんやと思たわぁ。センスがちゃいますわぁ」と悪い気がしない言葉が返ってきたので僕達は照れながら喜んでいたら「そない似おてはるんやから買いはったら」とキラーフレーズが出てきたので僕は彼女を見ると「バーブー」と言っていたので、まぁ帯を引っ張って「あーれー」と遊んだりできていいかなと思い「なんぼですか?」と軽い気持ちで訪ねてみた「全部で仕立ても込みでこのお値段になりますわぁ」と見積もりの紙を持ってきたので、ふんふん着物って案外高いんやろなと10万位を想像しながら見てみると40万と書かれていて「ふぁっ!?」と僕はびっくりして うっとりしている彼女を現実に引き戻そうと肩を掴みブンブンしてその紙を見せると彼女は「ふへぇ?」と答えるばかりであてにならなくなっていて、こ、これは…と思っていると店員さんが3倍ニコニコしながら今日は安い日ですよとさらに驚く事を言うので僕はその言葉を真に受けてしまって「あっあのカード切れますか?」と若さ故の間違った答えを選んでいた

初めての呉服屋。できる店員。うっとりした彼女。特売日。それらが26歳の僕の頭を狂わせたのだ。

すると店員さんは更にニコニコしだし、彼女は採寸されていた。「じゃあ1週間くらいで仕上がりますわ」と連絡先などを書く書類を渡されそれを書き終わると「ほんまおおきに」と4倍のニコニコで送りだされた 彼女は大変嬉しそうで僕は複雑な気分でトボトボ帰った。

その後着物は無事仕上がり彼女は嬉しそうに着付け教室に通い出した。僕は着物について基本を勉強した。

大阪から沖縄への引っ越し

せーの『お』「おおぉぉぉぉぉ」

何をしているかというと次にどこに引っ越すか会議の最中でどこに住みたいかをお互い1文字ずつ言っていくというまどろっこしい事をやっていたのだ。そう僕等は暇だったのだ。

次の文字で決まると思っていた「お」か「き」だ。

せーの「お」「き」

ほらね。

僕が「お」と言い彼女が「き」と言った。

すると必然的に僕は大阪か大分しかなくなり彼女は沖縄しかなくなったところで彼女に「大分なん?」と聞かれて「別府があるからなぁ」と呟いた。

「大分ちゃうやろ」と言われ「せやな」と答える僕。

結局「大阪」か「沖縄」のどちらかに決まった。

まぁ落ち着いて不動産屋さん行こうという事になり不動産屋さんに行く。

大阪の不動産屋さんはネットワークで繋がっているからどこの不動産屋さんに行ってもでてくる物件は同じなので感じのいい不動産屋さんにさえ入ればいいので楽だ。

お兄さんにどこら辺で探されてますか?って聞かれたので中央区か西区か沖縄って答えると沖縄って(笑)と冗談にとられたので今回の趣旨を説明した。

中央区か西区に気に入る物件があればそこにするし なければ沖縄まで飛んでっちゃうという事大分ではない事など。

お兄さんはふざけた客が入ってきたなという顔になったのでこっちは真剣なんだと。大阪に引き留める物件を探して下さいとお願いした。

様々な部屋を紹介してくれ会社のフロアーの様な広いワンルーム、サウナ付きの部屋、夜景の綺麗な部屋、ガラスタイルが貼られていて部屋の中に円柱が立っていてくるくる回れる部屋etc..。

なかなかいい部屋じゃないかと思った部屋もあった。

がしかし住んだことの無い沖縄に住んでみたいって気持ちの方が強かった。もしかしたらこうなる事はわかりきっていたのかもしれない。パンチパーマのおばちゃん、アニマル柄のおばちゃん、赤信号で止まっても起こってくるおっちゃん等に辟易していたのかもしれない。沖縄に一週間留学して気に入っていたのでいや恋していたのかもしれない。

部屋に帰りゆっくり話す。「沖縄かぁ」「やろ」「せやろか」「せやで」「せやな」このファイブワードで僕等の人生の大きな岐路は決まった。

となれば簡単、ネットで不動産の物件を探す。

しかしその時ペット可の物件が少なく僕等の地理勘はさらに少なく覚えている言葉は国際通りだけだった。

国際通りの近くならええんちゃう?」「なんせ国際やもんな」中心地だろうし不便もないだろうという事で国際通り周辺を探していると安里駅前徒歩1分という好立地のマンションがあった。しかもペット可。「ここでええんちゃう」「駅前やしな」国際、駅前、ペット可、しかも家賃も安い。コンシェルジュ(笑)らしき人もいるらしいとの事でさっそく電話リンリンリン「はい◎◎不動産でが」「ネット見たんですけど」「ありがとうございます」「部屋開いてますか」「開いてますよ」「閉めといて下さい」「えっ」「冗談です」「その部屋お薦めですかね」「もちろんですよ」「じゃそこ借りますので」「わかりました」「書類郵送して下さいね」「はいさーい」と電話が終わり僕達の沖縄への引っ越しが決まった。「2週間後から沖縄県民やで」「うぅぅぅぅぅーーーーーーーみぃぃぃぃぃぃぃーーーーーー」「俺等の住む所から海遠いで」「都会の喧噪から離れて沖縄の自然に癒されて・・・」「那覇のど真ん中やで自然ないやん喧噪だらけやで」「じゃあなんしに沖縄行くん?」「ん?理由なんかいまさらいる?」「いらへんな」「せやろ」「うん」今思えば要るだろうと思うんだけど恋ってそういうものかもしれないね。

 

それから引っ越し業者を探すんだけれどコレが大変だった。とにかく高い。何十万という金額を請求されこれは最小限のものだけ持って行って買う方がいいなという結論に達しワンパレットに載るだけの荷物になった。それでも10万以上とられたけどね。テレビもねぇ、ラジオもねぇ、おまけに車もそんなに走ってねぇ。あれ?途中から違うなあ。

とにかく部屋にあるものの9割を捨て引っ越す事になった。たしかに引っ越しじゃなく移住だなと思った。

2週間部屋にあるものを捨て続けそれをホームレスが回収していくという作業が繰り返された。ギターも捨てたんだけど直後に拾っていかれて、ちゃんと弾いてよと思いながら見送った。僕等の部屋の物みんな持って行かれちゃったな。あの人達の部屋僕等の部屋じゃないかこんど泊まりに行くかと思いながら部屋に戻った。

 

そして引っ越し前夜友達達が集まって送別会を開いてくれた。そこで「沖縄かーええなー」とか「海めっちゃ綺麗なんやろ」とか「憧れるわぁ」とか散々羨ましがられ「せやろ」「せやろ」とニコニコを連発していたら、みんなが一斉に「で、何で沖縄なん?」って聞いてきた。

「えーーーーーーーっ」

散々沖縄のいいところ言っていたじゃないと思ってびっくりしてあまりのびっくりさに「マンゴーやな」と訳のわからない事を口走り「マンゴーかー」と納得する友達達を見て本当にこの子達と友達で良かったと思った夜だった。結局朝の6時位まで飲んでいてお店が閉店になったので解散になった「2年位で帰ってくんで」って言って「まってるわ」と言われ別れた。

その後区役所に行き手続きをし、犬を病院に連れて行き、何も最終日にしなきゃいけない訳じゃない事を沢山して、家の目の前にあったトヨタレンタカーで車を借り関空まで向かうことになったんだけれど普通に行って1時間ちょい余裕でフライト時刻は過ぎる。仕方なく本当に仕方なく僕は生まれて初めてのスピード違反をした。結果30分というベストタイムを叩き出し彼女は車を返しに空港のトヨタレンタカーへ僕はロビーへ犬はケージへ。そう僕等はいつもギリギリにならないと行動できない。

でもこの後は飛行機に乗ったらのんびりの沖縄に着きこんなに慌てる事ももうないだろうと思って最後の慌て行動を名残惜しんだ。

飛行機の窓から見える大阪の風景は美しく多少の名残惜しさを残しながら消えていった。

沖縄に着いた瞬間2人が発した言葉「あつっ」季節は7月だった。

僕がまだ大阪に住んでいた頃その2

5日目の早朝。彼女は恋する乙女の様に目をキラキラさせながら寂しそうな僕と犬を横目に、いや目もくれずにブルーの恋人の元へと行ってしまったのでもう一眠りする事にした。そうダイビングの朝は早い。僕は何事も遅い。もちろん起きるのも。

彼女も朝は弱いはずなのにあのテンション「恋ってすごいなぁ」僕は犬に話しかけるほど寝ぼけていた。

そして少し眠った後起きて昨日の夜ファミマで買った「なかよしパン」というごきげんな名前の初めて見かけたパンをモフモフと食べながらガイドブックをパラパラ見ていた。するとロックの街コザというごきげんな場所がある事が判明したので、よしここに行って見ようと決め、少しでもロックの街に似合う様な格好を選び犬もスタッズ付きの首輪を付けさせ無い鏡を見ながら完璧だなっと思い車に乗った。僕はロックが大好きなのでとても楽しみにしながら車内のBGMを爆音でかけながら(それはもうバックグラウンドミュージックではないわけだけれど)ウキウキウォッチンで向かった。もちろんロックなのでナビの指示に逆らいながら走っていると着いた場所はコザではなかったのでナビには逆らっちゃいけないなと思い今度は素直にナビのお姉さんの言う通りに走っていたら「到着地点付近に到着しました 案内を終了します」とお姉さんが言ってきたので、あぁさっき逆らったから最後まで案内してくれなかったんだなと思い中途半端な場所で見捨てられた僕らは犬の鼻をたよりにコザと呼ばれる場所に着いた。駐車場を探し車を降りたとたん緊張した。そこは受付のお兄さんがいる駐車場できっとお兄さんモヒカンで鼻と耳にピアスが空いていて鎖で繋がっているんだろうな「めっちゃ怖いやん」相棒の犬に話かけた。犬はブーブー言っているだけでこいつ頼りにならないなと思いながら受付へ向かった。するとおじいちゃんが出てきて鍵をくれと言うので鍵を預けて僕は少しのがっかりと大きな安心を感じながらコザの街へと歩き出した。コザの中心はゲート通り通称ゲーツー(ゲート2)その通りを端から端まで歩いてみた。するとびっくりするくらい閑散としていてスパイキーヘアのお兄さんもボンテージパンツを穿いたお姉さんもいなかった。ゲーツーには数件のライブハウスとストリップとBーBOY向けのお店とBarなんかが並んでいた。しかしそれらは皆くたびれていて過去の盛り上がっていた時の名残を残している様にみえた。しかも、そう今は平日の昼間。来る時間を間違えたのだ。週末の夜の事を想像して「ファック!!!!!」僕はロックな街に似つかわしい言葉を吐いた。相棒と散策し続けるとパークアベニューというロックには馴染まない名前の通りにでた。もちろんの事ながら街路樹が沢山あり、食べ物屋さんがあったりしたけど基本的にはシャッターが閉まっていてデカダンスな雰囲気満点だった。楽器屋さんがあったのが唯一音楽を感じる場所だった。少なくともその時の僕にはそう感じられた。再びゲーツーに戻り歩いているとauがありポップ類が英語で書かれているのをみてアメリカの空気をちょびっと感じる事ができた。そしてあとで知ったんだけどコザはドルで支払いができるらしいという事。60~80年代が全盛期だった事。僕がロックとパンクを混同していた事。でもなんだかんだブラブラしていたら5時間位たっていてそろそろ彼女が恋人の所から戻って来る頃だなと思いイメージと若干違ったコザを後にした。

ゲストハウスに戻り沢山歩いて疲れたなと思っていると犬が寝ていたのでとりあえず起こして相手してもらっていたら彼女が恋人の所から帰ってきた

やはり今日も興奮していてドードーと宥めてチュッパチャプスを咥えさせ落ち着かせた。

「今日な海ガメおってん」と彼女がまたもや興奮してきだしたので「陸ガメちゃうんやろ、そりゃ海には海ガメやろな」って言ってたらまたもやこいつムカツクわぁという目で見てきたのでウィンクしながら「素敵やん」と伸介の真似をしてたら無視され、恋人の良さを僕に延々と話し、そして今日も喋りながら寝ていた。よく寝るな…まだ7時やんと思いつつ、テレビが無い部屋なので本を読みながら「ゼブラパン」というまたもや見たことないパンをもふもふ食べ、そして明日どこに行こうと思いガイドブックをまたパラパラしていると若者の好きな場所アメリカンビレッジと書いてあるじゃない。ここだなと若くもない僕はうなずいた。

アメリカ村と言えば大阪にもあるので、なるほどあんな場所なんだろうなと思いながらオリオンビールを飲みつつ、やっぱりオリオンとスーパードライは同じだなという結論に達した後寝ることにした。

 

6日目ゆっくりとした目覚めで気分よく起きて彼女に今日はアメリカに行くよって伝えたら、はぁ?って顔してたのでアメ村が沖縄にもある事を説明し、それは行かなくてはと納得してくれたので出発する事にした。

沖縄のアメ村は大阪のそれとは全く違い、でっかい観覧車がデーンってあって小綺麗な建物が建っている所だった。

「全然ちゃうやんか」と彼女が言うので「一緒やったら来る意味ないやろ」と宥めながらも僕も予想と違うなと思っていた。

そこでA&W(通称エンダー)という沖縄にしかないハンバーガーチェーン店に行き遅めの朝食をとることにした。そこでハンバーガーとビール好きの彼女はルートビアというビアだからビールだろと安易な考えで頼んでいた。そして知っている人は知っていると思うけどルートビアというのはハーブでできた炭酸飲料で大変クセのある味なので飲む人を選ぶ。そして彼女は悲惨なことに選ばれなかった側の人間だったのだ。「湿布の味がすんねん」彼女が泣きそうな顔で見てくるので僕はゲラゲラ笑い「紛らわしい名前やなぁ」と答えた。でも食べ物は粗末にしてはいけませんと言い聞かし全部飲ませた。するとルートビアはおかわり自由らしく彼女に「おかわりできるらしいで」と伝えたら泣きながら勘弁してくれと嘆願してくるのでしかたないなぁ飲み放題なのにと言いながらエンダーを後にした。

その頃のアメリカンビレッジはまだお店の数も少なくすぐに終わってしまって暇になった僕達はサンセットビーチこちらっていう看板を発見し、それはそれはとのそのそ行った。そこでめんどくさくなるので犬は海に投げ込まずビーチで遊んでいるとセキュリティのサングラスかけたおっちゃんがバギーみたいなのに乗ってやってきて、ここは犬禁止だからって言われた。「シーズンオフなのに?」「他に誰もいてへんで」と言ってもダメだの一点張りでこれはお金を要求しているんだなと思い握らせてやろうかと思ったけど良心が痛むのでサンセットを見る事なくサンセットビーチを後にした。「サンセット見られへんかったなぁ」「ただの夕日やろ」「海に沈むからええんやん」「俺の気分はもう沈んでんで」「そんなん知らんやん」こんな感じの会話をしながら車に戻りゲストハウスに戻って犬をお留守番させ、僕達は市場通りとむつみ橋通りを制覇しようと歩きに歩いた。そこにはかの有名な牧志公設市場があり、もちろん入って青い魚や青い海老や赤い魚や黄色い魚という信号機の様な色におぉとか言いながら隣の肉屋さんには豚の顔が吊ってあるのを見てショックを受け市場内をぐるぐる巡り市場を後にした。

アーケードは思いの外長く奥に行けば行くほどディープになって行東南アジアみたいになってきて、しかも方向感覚がわからなくなる程ダンジョン化していてこれはやばいと思ったので戻る事にしたんだけれど戻る事もままならずこれは困ったなと思いながら歩き続けているとダンジョンから抜け出す事ができ安心した所に「はいシーサー」と写真を撮る看板があったのでぐったりした。

その日の夜は疲れたのでファミマでお弁当を買って帰る事にした。

 

7日目この沖縄旅行最後の日。お世話になったゲストハウスにお礼を言い、その後首里城に行ってみる事にした。首里城と言えばガイドブックを見なくても僕でも知っているメジャーどころ。ここを押さえておかなければ沖縄に行ったとは言えないと勝手に思っていた(本当は美ら海水族館だと思う)場所で「なにもかもが赤いねんて」「ポストやな」「せやな」といいながらナビにしたがって行くとすごい坂と細い道をお姉さんが案内してくるので、ははーん僕の運転のテクニックを試しているんだなと察し、楽々だよっていう顔をしながらドキドキして運転していた。すると首里城があり犬も建物内以外は大丈夫との事。それは良かったと思いながら門をくぐる。すると琉装のお姉さんが寄ってきて誘ってきた。彼女が居るのに大胆だなぁと思ったらあっという間に彼女ともども琉装を着させらていて「はいシーサー」パシャ。はいお金。なるほど観光地恐るべしと泣きながら次から次へとでてくる門をくぐり首里城の前の広場までやって来た。中には入らなかったけれど外から琉球王朝に思いを馳せる「意外と小さいな」「再建したものらしいで」戦争とはつくづくいやなものだなと思いながら首里城を後にした

その後「おもろまち」と言う関西人には「おもろい」まちなんだろうなと期待させる町があるらしいのでそこに向かった。そして驚愕したのはスーパー青山がでかでかとありTSUTAYAがありガストがありなんかでっかいメインプレイスとかかれたモールの様なものがありでザッツオール!!!!!!!!!!

ええええええええええええ「なんもおもろないやん」「名前に問題ありやな」関西人特有の関西が世の中の中心である思想、関西思想でしか考えられなかった僕達は沖縄にまで関西を押しつけていた。そしてメインプレイスという場所に入りイオンとの違いがよくわからないまま食品コーナーに行き大量のスパムとかおみやげの泡盛かを購入し「おもんないまち」を後にした。(いまは凄く発展しています)

その後はお決まりのレンタカー返却があり、飛行機のフライトがあり、CAさんの足を眺めつつ大阪に帰った。

その時はその後沖縄に住む事になるとは思いもせずに。そう知らず知らずの間だに僕達は沖縄に恋していた事に気が付くには一年位かかったけれどね。

僕がまだ大阪に住んでいた頃その1

僕達は沖縄に住む前に一回旅行に来たことがある。

一週間の中途半端な長さの旅行。

その頃は犬を連れて泊まれる場所が少なく、ゲストハウスに電話して犬と泊まれますか?と聞いたら「ワンちゃん?大きい?まぁ別にいいよー」と言われ、ん?ワンちゃんと言ったら王貞治だろうと、そりゃ大きいだろうと思ったんだけどO.Kがでたので、これもO.Nだろうと思って、この人よっぽど野球を知らないんだろうなって思いながら電話を切り、その翌日伊丹空港から沖縄へと向かった。

沖縄の情報をまったく知らなかった僕達のイメージは言葉が通じない事と、綺麗な海と、暖かい気候。それだけだったけどそれだけで充分だと思った。2月だったんだけどイメージで暖かいと思っていた僕達は薄着だけを持って沖縄に到着。そしたら2月の沖縄は思いの他寒く、えっ「さぶっ」と思いレンタカーを借りて暖房をつける。

「寒いやん」と「日向は暖かいやん」が繰り返され、僕達はどこに行こうと決めずにとりあえず適当に走っていたら、走っている道路が58号線っていう素敵なネーミングの道路で「国道ゴーヤ、流石やな」「沖縄って感じやな」とか言いながらこの道がきっと一番でっかい道だと確信する。

道路の案内板をふとみると海洋博公園90kmと書いてあったので一番遠いそこまで行ってみようって事になり、そこを目指す事になった。

道路には椰子の木が沢山あって南国だなぁと思いつつ「わ」ナンバーの車はひた走る。ローソンとファミマがあることに違和感を抱きつつ走っていると、途中でナビに道路が丸くなっている場所が出てきて「なんやねんこれ」って言ってたら本当にまん丸で(嘉手納ロータリー)くるくる回って遊んで名護方面に向かった。

しかし、走れども走れども海は出てこず「海ないやんか」と言いながらイメージと違う沖縄に少し戸惑っていたら急にまさしく突然目の前に海が開けた。

「めっちゃ綺麗やんか」と普段須磨海岸しか行った事のない僕達は興奮した。が、すぐに海は見えなくなりまた見える様になりを繰り返しのチラリズムで僕達を誘惑してきた。

そしてなんちゃらビーチの前には必ずホテルが壁の様に塞いでいて、入ることすら許されず僕達はやきもきしていた。すると名護市民ビーチというビーチが出てきて、そこにはホテルは無くここなら行けると思い車を降りた。沖縄に来て初めてのビーチは名護市民ビーチという何となく身近な名前のビーチで僕達は遊んだ。とりあえず海に足をつける「冷たっ泳がれへんやん」と思いながら、犬を海に投げ込みながらケラケラ笑い、ノーリードでビーチをひた走る犬を見て満足した後、砂まみれの犬を見て後悔し、再び車に乗り海洋博公園へ向かう。90kmという距離は意外と遠く運転にも飽きてきた頃、やっと海洋博公園に着いた。時間は夕方6時過ぎ。公園は閉まっていた。

「ふぁっ!?」公園が閉まるなんて考えもしなかった僕達はあっけにとられた。帰り道テンションも下がりきってた僕達は会話も少なく那覇にあるゲストハウスへと向かった。

ゲストハウスというモノがよくわかっていなかった僕達は一泊三千円という安さに不安を感じながらついたらそこはただの汚いビルで、やっぱりなって思って入ると目の前に台所があり数人の人が料理をしながら楽しそうにしていた。厨房が目の前にあってそこで料理をするんだぁと思ってよくみてみるとインスタントラーメンで、んっ?これは何って思っていると部屋に案内されて、その部屋は予想していたより酷い部屋で「やばいな…」「せやな…と小声で言いながら荷物を置いてとりあえず休んでいると先ほどの台所のあった部屋からさわぎ声が聞こえ、僕はなるほどゲストハウスという場所はこういう場所なんだなと思い、ここで一週間はキツイなと思いながら疲れていたのでファミマで買ったお弁当を食べた。

すると次の日の朝、部屋を移動していいよって言われてそのゲストハウスのスイートルームと言われる場所に移動させてくれた。そこは明るく広くさすがスイートルームと感心したと同時になんで移動させたんだろうと考えた結果、僕達はあの会話の輪に入らなかったから気まずさと切なさと心苦しさとで移動させてくれたんだなと思った。

そしてそういえばコンビニの店員さんは「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」をカタコトではなく流暢に話してたなと思い出し、やっぱりコンビニはすごいなと感心していた

そして外は晴れていて(住んでから知ったけど冬の沖縄は曇りが多い)どこか出掛けよっかってなってとりあえずガイドブックは必要だと会議の結果決まりコンビニでガイドブックを買った。すると国際通りという場所があり、そこが賑わっているらしいとの情報が載っていてゲストハウスから近かったので歩いて行く事にした。2月とはいえ日差しは暖かく、やっぱり暖かいやんと思いTシャツに薄めのジャケットで充分で国際通りに向かった。するとその通りには無数の同じ様なお店が並んでいてキャッチよろしくお兄さん方が呼び込みしていて「なんや日本語やん」「ほんまやな」と安心とちょっとの残念さとを感じつつ奇跡の1マイルを歩いた。沖縄そばを食べ、土産物屋さんを冷やかしつつ久茂地から安里までを、今なら到底できない国際通りを歩ききるという行為をした

そして夜はやっぱり沖縄民謡のお店に入って民謡を聴きながらご飯を食べるという観光客定番のコースで沖縄2日目は過ぎた。

3日目彼女はダイビングに出掛けたので僕は犬を連れてドライブした。平和記念公園という場所があるとガイドブックに書いてあったので平和をこよなく愛する僕はそこへ向かった。LOVE&PEACE。到着して何があるんだろうと思っていたところにおばあちゃん達が寄ってきて聞き取れない言葉で何か言ってきた。

おばあちゃん子の僕は必死で聞き取ろうと思ったけど、明らかに日本語では無く、あっこれが沖縄の言葉かっ!と気付き「OKOK」と世界中どこでも通じるであろう言葉で答えた。すると花束を手渡されお金を要求された。値段は忘れたけど、なるほどそういう事かと思いつつ公園内に入った。そこには無数の石碑がありよく見ると県別にわかれていて僕は地元の石碑の前に献花した。この為の花束かぁよくできてるなと感心しきりだった。

そろそろ彼女がダイビングから帰ってくる頃なのでスイートルームに帰り犬といちゃついていたら彼女が帰ってきて興奮気味に「海めっちゃ綺麗ねんで」と言ってきたので「知ってるよ」って答えたらどうやら綺麗さが違うらしい事が判明した。そこは慶良間という場所らしくプールみたいに綺麗って言ってきたので「じゃあプールでええやん」って答えたら怒っていた。

どうやら慶良間に恋してしまったらしく明後日も行く事になったらしい。また犬と2人きりかと思いつつ彼女の延々と続く慶良間の海の素晴らしさを聞いていたらいつの間にか彼女は眠っていた。彼女は喋りながら寝られるのだ。3日目4日目と沖縄を彼女と犬と昼間は散策をし、夜は彼女と国際通りに飲みに行くという日をすごした。途中おばあさんに旅の方かい?と聞かれ ドラクエみたいな聞き方だなぁと思ってちょっと笑ってそうですと答えた。それ以上会話はなかったけれど少しだけ幸せな気分になった。