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ザもしくはジ

沖縄の話とかメンヘラの話とか全然関係ない話とか

僕がまだ大阪に住んでいた頃その2

5日目の早朝。彼女は恋する乙女の様に目をキラキラさせながら寂しそうな僕と犬を横目に、いや目もくれずにブルーの恋人の元へと行ってしまったのでもう一眠りする事にした。そうダイビングの朝は早い。僕は何事も遅い。もちろん起きるのも。

彼女も朝は弱いはずなのにあのテンション「恋ってすごいなぁ」僕は犬に話しかけるほど寝ぼけていた。

そして少し眠った後起きて昨日の夜ファミマで買った「なかよしパン」というごきげんな名前の初めて見かけたパンをモフモフと食べながらガイドブックをパラパラ見ていた。するとロックの街コザというごきげんな場所がある事が判明したので、よしここに行って見ようと決め、少しでもロックの街に似合う様な格好を選び犬もスタッズ付きの首輪を付けさせ無い鏡を見ながら完璧だなっと思い車に乗った。僕はロックが大好きなのでとても楽しみにしながら車内のBGMを爆音でかけながら(それはもうバックグラウンドミュージックではないわけだけれど)ウキウキウォッチンで向かった。もちろんロックなのでナビの指示に逆らいながら走っていると着いた場所はコザではなかったのでナビには逆らっちゃいけないなと思い今度は素直にナビのお姉さんの言う通りに走っていたら「到着地点付近に到着しました 案内を終了します」とお姉さんが言ってきたので、あぁさっき逆らったから最後まで案内してくれなかったんだなと思い中途半端な場所で見捨てられた僕らは犬の鼻をたよりにコザと呼ばれる場所に着いた。駐車場を探し車を降りたとたん緊張した。そこは受付のお兄さんがいる駐車場できっとお兄さんモヒカンで鼻と耳にピアスが空いていて鎖で繋がっているんだろうな「めっちゃ怖いやん」相棒の犬に話かけた。犬はブーブー言っているだけでこいつ頼りにならないなと思いながら受付へ向かった。するとおじいちゃんが出てきて鍵をくれと言うので鍵を預けて僕は少しのがっかりと大きな安心を感じながらコザの街へと歩き出した。コザの中心はゲート通り通称ゲーツー(ゲート2)その通りを端から端まで歩いてみた。するとびっくりするくらい閑散としていてスパイキーヘアのお兄さんもボンテージパンツを穿いたお姉さんもいなかった。ゲーツーには数件のライブハウスとストリップとBーBOY向けのお店とBarなんかが並んでいた。しかしそれらは皆くたびれていて過去の盛り上がっていた時の名残を残している様にみえた。しかも、そう今は平日の昼間。来る時間を間違えたのだ。週末の夜の事を想像して「ファック!!!!!」僕はロックな街に似つかわしい言葉を吐いた。相棒と散策し続けるとパークアベニューというロックには馴染まない名前の通りにでた。もちろんの事ながら街路樹が沢山あり、食べ物屋さんがあったりしたけど基本的にはシャッターが閉まっていてデカダンスな雰囲気満点だった。楽器屋さんがあったのが唯一音楽を感じる場所だった。少なくともその時の僕にはそう感じられた。再びゲーツーに戻り歩いているとauがありポップ類が英語で書かれているのをみてアメリカの空気をちょびっと感じる事ができた。そしてあとで知ったんだけどコザはドルで支払いができるらしいという事。60~80年代が全盛期だった事。僕がロックとパンクを混同していた事。でもなんだかんだブラブラしていたら5時間位たっていてそろそろ彼女が恋人の所から戻って来る頃だなと思いイメージと若干違ったコザを後にした。

ゲストハウスに戻り沢山歩いて疲れたなと思っていると犬が寝ていたのでとりあえず起こして相手してもらっていたら彼女が恋人の所から帰ってきた

やはり今日も興奮していてドードーと宥めてチュッパチャプスを咥えさせ落ち着かせた。

「今日な海ガメおってん」と彼女がまたもや興奮してきだしたので「陸ガメちゃうんやろ、そりゃ海には海ガメやろな」って言ってたらまたもやこいつムカツクわぁという目で見てきたのでウィンクしながら「素敵やん」と伸介の真似をしてたら無視され、恋人の良さを僕に延々と話し、そして今日も喋りながら寝ていた。よく寝るな…まだ7時やんと思いつつ、テレビが無い部屋なので本を読みながら「ゼブラパン」というまたもや見たことないパンをもふもふ食べ、そして明日どこに行こうと思いガイドブックをまたパラパラしていると若者の好きな場所アメリカンビレッジと書いてあるじゃない。ここだなと若くもない僕はうなずいた。

アメリカ村と言えば大阪にもあるので、なるほどあんな場所なんだろうなと思いながらオリオンビールを飲みつつ、やっぱりオリオンとスーパードライは同じだなという結論に達した後寝ることにした。

 

6日目ゆっくりとした目覚めで気分よく起きて彼女に今日はアメリカに行くよって伝えたら、はぁ?って顔してたのでアメ村が沖縄にもある事を説明し、それは行かなくてはと納得してくれたので出発する事にした。

沖縄のアメ村は大阪のそれとは全く違い、でっかい観覧車がデーンってあって小綺麗な建物が建っている所だった。

「全然ちゃうやんか」と彼女が言うので「一緒やったら来る意味ないやろ」と宥めながらも僕も予想と違うなと思っていた。

そこでA&W(通称エンダー)という沖縄にしかないハンバーガーチェーン店に行き遅めの朝食をとることにした。そこでハンバーガーとビール好きの彼女はルートビアというビアだからビールだろと安易な考えで頼んでいた。そして知っている人は知っていると思うけどルートビアというのはハーブでできた炭酸飲料で大変クセのある味なので飲む人を選ぶ。そして彼女は悲惨なことに選ばれなかった側の人間だったのだ。「湿布の味がすんねん」彼女が泣きそうな顔で見てくるので僕はゲラゲラ笑い「紛らわしい名前やなぁ」と答えた。でも食べ物は粗末にしてはいけませんと言い聞かし全部飲ませた。するとルートビアはおかわり自由らしく彼女に「おかわりできるらしいで」と伝えたら泣きながら勘弁してくれと嘆願してくるのでしかたないなぁ飲み放題なのにと言いながらエンダーを後にした。

その頃のアメリカンビレッジはまだお店の数も少なくすぐに終わってしまって暇になった僕達はサンセットビーチこちらっていう看板を発見し、それはそれはとのそのそ行った。そこでめんどくさくなるので犬は海に投げ込まずビーチで遊んでいるとセキュリティのサングラスかけたおっちゃんがバギーみたいなのに乗ってやってきて、ここは犬禁止だからって言われた。「シーズンオフなのに?」「他に誰もいてへんで」と言ってもダメだの一点張りでこれはお金を要求しているんだなと思い握らせてやろうかと思ったけど良心が痛むのでサンセットを見る事なくサンセットビーチを後にした。「サンセット見られへんかったなぁ」「ただの夕日やろ」「海に沈むからええんやん」「俺の気分はもう沈んでんで」「そんなん知らんやん」こんな感じの会話をしながら車に戻りゲストハウスに戻って犬をお留守番させ、僕達は市場通りとむつみ橋通りを制覇しようと歩きに歩いた。そこにはかの有名な牧志公設市場があり、もちろん入って青い魚や青い海老や赤い魚や黄色い魚という信号機の様な色におぉとか言いながら隣の肉屋さんには豚の顔が吊ってあるのを見てショックを受け市場内をぐるぐる巡り市場を後にした。

アーケードは思いの外長く奥に行けば行くほどディープになって行東南アジアみたいになってきて、しかも方向感覚がわからなくなる程ダンジョン化していてこれはやばいと思ったので戻る事にしたんだけれど戻る事もままならずこれは困ったなと思いながら歩き続けているとダンジョンから抜け出す事ができ安心した所に「はいシーサー」と写真を撮る看板があったのでぐったりした。

その日の夜は疲れたのでファミマでお弁当を買って帰る事にした。

 

7日目この沖縄旅行最後の日。お世話になったゲストハウスにお礼を言い、その後首里城に行ってみる事にした。首里城と言えばガイドブックを見なくても僕でも知っているメジャーどころ。ここを押さえておかなければ沖縄に行ったとは言えないと勝手に思っていた(本当は美ら海水族館だと思う)場所で「なにもかもが赤いねんて」「ポストやな」「せやな」といいながらナビにしたがって行くとすごい坂と細い道をお姉さんが案内してくるので、ははーん僕の運転のテクニックを試しているんだなと察し、楽々だよっていう顔をしながらドキドキして運転していた。すると首里城があり犬も建物内以外は大丈夫との事。それは良かったと思いながら門をくぐる。すると琉装のお姉さんが寄ってきて誘ってきた。彼女が居るのに大胆だなぁと思ったらあっという間に彼女ともども琉装を着させらていて「はいシーサー」パシャ。はいお金。なるほど観光地恐るべしと泣きながら次から次へとでてくる門をくぐり首里城の前の広場までやって来た。中には入らなかったけれど外から琉球王朝に思いを馳せる「意外と小さいな」「再建したものらしいで」戦争とはつくづくいやなものだなと思いながら首里城を後にした

その後「おもろまち」と言う関西人には「おもろい」まちなんだろうなと期待させる町があるらしいのでそこに向かった。そして驚愕したのはスーパー青山がでかでかとありTSUTAYAがありガストがありなんかでっかいメインプレイスとかかれたモールの様なものがありでザッツオール!!!!!!!!!!

ええええええええええええ「なんもおもろないやん」「名前に問題ありやな」関西人特有の関西が世の中の中心である思想、関西思想でしか考えられなかった僕達は沖縄にまで関西を押しつけていた。そしてメインプレイスという場所に入りイオンとの違いがよくわからないまま食品コーナーに行き大量のスパムとかおみやげの泡盛かを購入し「おもんないまち」を後にした。(いまは凄く発展しています)

その後はお決まりのレンタカー返却があり、飛行機のフライトがあり、CAさんの足を眺めつつ大阪に帰った。

その時はその後沖縄に住む事になるとは思いもせずに。そう知らず知らずの間だに僕達は沖縄に恋していた事に気が付くには一年位かかったけれどね。