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ザもしくはジ

沖縄の話とかメンヘラの話とか全然関係ない話とか

大阪から友達がやって来たDAY2

2日目ホテルまで友達を迎えに行く。

友達のホテルは松山のど真ん中にしてあげたので、誘惑が一杯だっただろうねと思いながら、じゃあ行きますかと車に乗り体験王国むら咲むらへと向かう事にする。

が途中で今回の旅でステーキを食べる機会がない事に気が付く。という事で途中で北谷の金松へ。

けだるい店内の雰囲気に友達はずっと苦笑いしていて僕はケラケラ笑う。「500gステーキやって」「朝飯食ったっちゅーねん」「いけるって」「せやろか」いけない事はみんなわかっていた。

アンニュイなお姉さんがステーキを運んで来てくれていざ実食。お腹の減っていない友達はおいしいともまずいとも言わずに肉と格闘していた。その様子をみて僕は大層喜んだ。

そしてむら咲むらへ向かうんだけどナビ子ちゃ〜んが僕の思っていない道から行かすのでその通りにしたがって機嫌を損なわないように気をつけた。がしかし到着した時の言葉は「エコな運転を心がけましょう」だった この女ぁぁぁぁ。

知ってる人は知ってると思うけどむら咲むらとは110位の体験ができる場所で友達のリクエストの「やちむん体験」と「そば打ち体験」が両方ともできるとの事でここにした。

琉球王朝を再現したというセットはたまにRCの建物が混じりながらも木造でちゃんと建てていてすごいなぁと言いながら初めの目的「やちむん体験」へ。

MAPに載っている場所へ行くと誰もいなくて本当にやっているのかなぁと思っていると、奥からぬらりとおっちゃんが現れ「体験ね?」と聞いてくるので「はい」と答えると「じゃここに座って」と友達はロクロの前に座らせられロクロをクルクル回し出す。

おっちゃんの説明は早く不足気味で本当にできるのかなと思っていたら以外とできた。

見ているとちょっと触れたら土の塊はぐにゃぐにゃと僕の人生の様にくねくねしだし それをみていると人生を振り替えらずにはいられなくなって涙がこぼれた。

僕が感傷に浸っている間だにコップは完成していて友達は興奮していた。

そしてそこを後にして「そば打ち体験」へと向かう。「そば打ち」1,000本ノックの様なものを想像していた僕はエプロン付けて粉まみれになって手でコネコネするとは思ってなかったので拍子抜けだった。が、しかしここのおばぁはスパルタですぐにめんどくさそうにダメだしをしてくるので鬼監督と心の中で呟いた。

最終段階になり麺を細く切るんだけど「これくらいでね」と指示された太さがきしめんの様に太く、それは違うだろうと思った僕はマイペースに細く切っていって鬼監督に睨まれた。

あとは茹でてスープの中に入れて完成。一人2,600円の高級沖縄そばの完成。彼女の麺はおばぁの監視の下作ったのできしめんの様な太さの沖縄そばで彼女は違うと呟きまくってた。

ここでの目的は達成できたので友達の今回の旅行のメインである「中城高原ホテル跡」へ向かう事になった。

途中まで造られたのに開業することのなかったホテル跡地でいわゆる廃墟ってやつ。

駐車場に車を止め山の方を見るともう見える巨大建造物。3人が口を揃えて「遠いな」世界遺産中城城跡には目もくれず一直線にホテル跡へ。

そこはダンジョンの様な建物で階層が入り組んでいて自分の位置がどこかを把握するのが難しい程で、思いの他でかくて息が切れてくる。

どんどん攻略していったんだけど時間との戦いもあり駐車場が閉まる前に帰る。

そしてまだ明るかったので友達がナビを見ながら海中道路って海中に道路走ってるんって聞いてくるので「そりゃもちろん海中に透明のパイプ通っててその中走るに決まってる」となにが決まっているのかわからないまま向かう事にした。

到着して「ここからやで」「パイプは?」「未来かっ」「なんやねん」と当然ポコポコしばかれながら伊計島を目指す。なんにもないけど。

途中にある海の駅という道の駅のライバルに立ち寄り飲み物を買う。そして座って飲んでいると80’sソングが流れていて場末感が半端ないなぁと思いながら海の駅を後にする。

「この先なにがあるん?」「えっコンビナート」「でっ?」「ホテル」「でっ?」「えっ?」行く必要の無い島、めんそーれ伊計。

その後お腹も空いていないのに晩ご飯行こうって事になり「おもろ殿内」へ。

あまりにお腹が減っていなくてこれはいけないと思い豚のスタミナ焼を食べて元気を出そうと思ったら逆効果で満腹中枢破壊。友達は料理にはほとんど手を付けずひたすら泡盛を飲み続けていた。

そして11時くらいに友達がソワソワし始めたので、今日は松山の夜を楽しみたいんだなと思い早めに切り上げる事にした。

代行を呼び来たのが「助さん角さん」と言う代行だったので運転していた人に「どっちが助さん?」って聞いたのに無視されショック。

ほなまた明日と言い僕等は家路へ友達は松山の夜へと消えて行った2日目の夜だった

最終日につづく